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聖書宣教会 Japan Bible Seminary
卒業生のあかし

卒業生のあかし

中西 健彦(たけひこ) (聖書神学舎本科 2018年度卒業)


「あなたには牧師の賜物があると思う。祈って、考えてみない?」その牧師夫人の言葉によって献身を意識し始め、5年間祈って開かれた道は、KGK(キリスト者学生会)主事という学生伝道の働きでした。がむしゃらに現場を駆け回った3年間の中で、「自力で学ぶには限界がある。この先、主の働きを続けるためには神学校で学びを深めなければ」と痛感し、伝道牧会における土台である「聖書」を原語から深く学べることで定評がある聖書宣教会の門を叩きました。

一筋縄ではいかない学びでしたが、苦労した分、そこから得たものは数え切れません。特に、聖書原語と向き合った先にあるみことばの深い学びは、実に恵まれるものでした。「聖書には無数の宝が隠されている」という確信が与えられ、そのみことばを掘り下げるために必須のスーパーシャベルを渡されたかのようです。読み飛ばしていた箇所も、原語から聖書を学ぶことでその奥行きに気付かされ、「このみことばは、こんなことを語っていたのか…!」と静かな感動に震えた経験は数え切れません。「みことばには力がある」ということを徹底的に学んだ4年間でした。

寮生活を始めとする研修生活もまた、教会に仕える働き人として必要な訓練でした。共同生活をしながら研修生たちと切磋琢磨し合うと同時に、自らの隠れた罪に気付かされて悔い改めに導かれる時もしばしばでした。時には深夜まで語り合い、献身者としての覚悟、伝道の喜びと苦労、それぞれが聖書から深く教えられた原体験などを分かち合いました。また、先生方からは豊かな聖書知識と牧会の知恵だけでなく、献身者としての生き方を教えて頂きました。

駆け出しの牧師として働きを始める中で、宣教会での学びがいかに貴重であったかを実感させられています。特に、原語から聖書の読みを掘り下げることはそのまま説教に直結し、尽きることのない泉をどんどん掘り当てていくような感覚があります。聖書宣教会での4年間は、自分に与えられた神の召しを確認し、みことばを語る使命を受け取り直す時でした。神のことばを語ることで教会を建て上げ、自らもその生けるみことばに養われ続けたいと思います。

(日本福音キリスト教会連合 北栄キリスト教会牧師)

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